ホーム
0
カテゴリー
グループ
コンテンツ
カート
ユーザー
絞り込む
カテゴリー
グループ
コンテンツ
1870's Gustav Becker 2-weights Vienna Clock
1870年代 グスタフ・ベッカー社 ヴィエナクロック 2分銅引き
414,000円(税抜)
定価 552,000円(税抜)
1個です。
購入数

1870年代 グスタフ・ベッカー社 ヴィエナクロック 2分銅引き
414,000円(税抜)

1870年頃、グスタフ・ベッカー社の貴重な2-Weight Drive Regulator Clock(2分銅式機械式時計)です。
グスタフ社でも大変貴重な受注生産品です。最高峰のグスタフ社の中でも質、存在感、出所すべて最高級の逸品だと思います。
文字盤はホーロー製(琺瑯製)でヒビ欠けありません。磁器の釉薬を真鍮盤に上掛けして焼成する方法です。明治時代頃の日本製振り子時計に多い紙製文字盤とは違い、黄ばみや汚れが付着しても色あせることなく簡単に掃除・拭き取りが可能です。グスタフ社では、琺瑯製文字盤の品(1905年頃)までが、アンティークと類義されています。”アンティーク”とは作成後100年以上の品を定義します。


カテゴリー: グスタフ・ベッカー社 2分銅引きヴィエナクロック
制作期: 1870年頃
製法: 琺瑯文字盤、木製ケースはオールナット
    動力は2分銅引き。 時打ち、半打ちを備えています。
時打ちは分針の位置が12で短針の指し示す数のゴングを鳴らし、
半打ちは分針が6の位置になると1回だけゴングを鳴らします。
サイズ: 136僉滷苅記僉滷隠后ィcm
コンディション: 良好です。 文字盤もヒビ欠けなく良好です。木製ケースも良い状態です。


※ 本品をお買いあげの際には、弊店の保証約款上、分解掃除ののちお渡しとなります。施工完了まで1〜2ヶ月お待ち頂くことになりますので何卒ご了承下さい。なお、ご購入日より1年間が動作保証の対象となります。


【Gustav Beckerグスタフ・ベッカー社 1847年〜1930年 フライブルグ】
 グスタフ・ベッカーは、”アンティーク柱時計の”ロールスロイス” ”One of the better(最良の一つ)”と賞されるほど過去現在で最大級の評価を受けている時計メーカーです。

グスタフ・ベッカー(Gustav Becker, 1819-1885)は、1819年にドイツに生まれ時計職人を目指します。 ドイツ・オーストリア・スイスの時計メーカーを転々とし修行を経て、1847年 バーデン=ヴュルテンベルク州 フライブルグに工房(現在のポーランド、シュフィエボジツェ)を設立。 特に1800〜1850年頃の時計製造技術の中心であったウィーンでの経験がグスタフ・ベッカーというブランドを築く動機になりました。
 当初は資金難であまり多くの時計を作ることはできませんでしたが、1852年のシレジア貿易博覧会で金賞を受賞したことでグスタフ・ベッカーの時計が大衆に認知され、さらに技術への信頼も得ることができ、大きな発展を遂げる足がかりとなりました。後に、このときの金賞のマークと、有名な碇のマークがグスタフ・ベッカーのトレードマークになります。(下記参照)
 1850年代に公社との大口契約や富豪からの融資を受けたおかげで時計の生産は拡大していきました。 1860年代にはそれ以前のシンプルな振り子時計から豪華な手彫りの装飾があるケースに高品質な機械をのせた高級時計を作るようになりました。 グスタフ・ベッカーの時計は、ロンドン・パリ・シドニー・ベルリン・メルボルン・アムステルダムなど各国各都市の博覧会にも出品され、多くの賞を勝ち取ったことも記録されています。
 1873年ウィーン国際博覧会でも金賞を受賞。 その頃にはヨ ーロッパのヴィエナク・ロックの草分け的存在となっており、時の権力者のステータスとして所望されるほど時計の一流ブランドに発展しました。
 1880年代になるとグスタフ・ベッカーは、ドイツのシュバルツバルトの“黒い森”勢(時計メーカー)との激しい競争を強いられるようになりました。 当時、シュバルツバルトにはゼンマイを使ったシンプルかつ安価な時計を作る工場が増えていました。 そのため高価な時計は売り上げが激減し、グスタフ・ベッカーもこれに対抗するためゼンマイ式の機械とシンプルなケースの時計を製造し始めました。 ますます競争が“黒い森”勢との競争の中で生き残りを図るため、1899年シレジアの幾つかの時計会社と共にグスタフ・ベッカーが中心となったVereinigte Freiburger Uhrenfabriken AktiengesellschaAG(VFU、フライブルグ共同時計製造会社)を設立しました。VFUには時計会社や家具メーカーがありました。(下記参照)
 1880〜90年代のグスタフ・ベッカーには希に背面に六芒星の中央にAの文字の印を見ることがあります。これはアドルフ・シュテルン(Adolf Stern)という会社の印で、ケースをグスタフ・ベッカーに提供していました。アドルフ・シュテルンはカール・ヴェルナーにもケースを供給していたことがあるようです。
上述の共同時計製造会社では大小様々な時計を製造しましたが、1925〜26年に財務面で克服できないほどの厳しさに直面することになり、1926年7月にユンハンス、ハンブルグアメリカンと共に再び企業連合を設立しました。 この企業連合も1930年にユンハンスに買収されることになり、これでグスタフ・ベッカーが会社としてなくなります。これ以降もグスタフ・ベッカーのブランドは残りますが、1939年 第2次世界大戦への突入と共に無くなりました。


【グスタフ・ベッカー社製シリアルの読み方】
シリアルシリアルシリアル
18504801875100,00019131,850,000
186040001880260,00019231,860,000
186310,0001885500,0001925 1,945,399
1865 15,000 1890800,000 1926 2,244,868
1867 25,00018921,000,0001927〜1935不詳
1872 50,00019001,500,000


【グスタフベッカーの特徴】
まさにKING of Vienna Clock (ヴィエナクロックの王様)に君臨するメーカーで、グスタフベッカー無くしてヴィエナクロックは語れません。 ”黒い森”勢(Brack Forest Clock)に圧される1880年までの特注品に、現在の収集の人気が集中している傾向ですが、後期になっても特注品のハイクォリティーを別ラインで製造していますので、良品が数多く存在しています。 良質な木材を使うので、オリジナルの木製ケースで保存状態が良く現存していることが多いです。 今まで、数百本のヴィエナクロックを日本のコレクターさんにお届けしてきましたが、やはりグスタフベッカーの時計は私にとっても特別な存在で、"One of the better"(最良の一つ)に相応しいメーカーだと思います。


グスタフベッカーについては、弊社サイトでも紹介しています。(クリック)





この商品を購入する