80,000円(税込88,000円)
アールヌーヴォー期 1910年頃、ポール・ニコラス(仏)の2羽の雉(キジ)をモチーフにした2層エッチングカメオガラス花瓶です。 つぶさに観察すると、エッチングの模様が木、葉、雉がカメオの濃淡でそれぞれ描き分けらて擬似的な遠近で表現されています。 ニコラスの作品は、とにかく高品質でエッチングカメオのエッジ処理がとても丁寧に施されており全体の表情に優しさ感じます。 ガレの弟子の中で彼がどれだけ重要な役割をしていたかが覗えるアールヌーヴォー過度期の作品ですね。
カテゴリー: 花瓶
制作期: 1910年頃(ポール・メルシー在籍時代)
製法: エッチングカメオ(腐食ガラス、アシッドヴェール)
サイズ: 高さ30.5cm 最大直径20cm
重量: 約2kg
(ポール・ニコラス 生没 1875〜1952年 フランス・ラベル 〜 ナンシー)
ポール・ニコラスは1893年よりエミール・ガレの工場にガラス装飾技師として働きはじめた。 当時、ガレと協作することが多かった工芸家ルイ・ヘストー(Louis Hestaux) の監督下、その仕事に携わることが多かったおかげで、ガレ工場でガラス作成に必要な技術全般を身につけて、ガレに絶対的な信頼を得ていた。 特に重要な役割だったのが、彼の秀でた植物学の知識により、ガラスに描かれる草花の構成を全任されていたことである。 1900年パリ万国博覧会においては、ガレ装飾展示場の大部分をニコラスが監督している。
第一次世界大戦後、ガレの工場を辞めて、いくつかのガラス工場(ポール・メルシー、ウェジェーヌ・ウィンデック、ユナイテッド・エングレバー協会など)を点々とした。 その時より使われていたサインが、D’Argental 、 L’Art Verrier など。 1923年、自身の工場をナンシーで開業して、ガラス工芸家としての生涯を終えるまで最高15人の雇用者が存在していた。 1925,1936、1937年の博覧会で受賞して、40年以上務めたガラス工芸家を讃える功労賞も受賞している。 ちなみに、ポール・ニコラスは1901年にエコールド・ナンシー(ナンシー派)に登録している。
初期の作風はアールヌーヴォーそのものであり、当時は師ガレの模倣と見なされ評論家に酷評されることもあった。 近年になってアールヌーヴォー期ガラス芸術史の研究が進むと、彼のガレ工場での功績が評価されるようになった。 アールデコ期の全盛はクリスタルガラスなどの作品も数多く手掛けている。 近年の市場では、ガレと同等価格の扱いを受けるものも見かけるようになったし、ガレの独立していった弟子の中でも作品のクォリティーは群を抜いていると断言してもいい。 未だ日本では、紹介される機会が殆ど無かった作家なので、アールヌーヴォー愛好家には是非覚えておいてほしい。




